厄年で年齢は気にしないとして、厄年にかかっているから、厄除けに行ったり。
お陰様で、今まで厄年でも厄らしい事もなく来ているので、今年もそうあって欲しいものである。
厄年は、年齢的に身体に変化の多い時期に設定されているというのは、納得がいく。
で、坊さんの動きが揃っていないとか文句をいいながら、某有名厄除け大師で、厄除けをしてもらう。広い本堂の中に入りきらない程多くの人が、1時間おきに集まってくるのだから、「儲かってるなぁ」と非謹慎に思う。納めるお札にも「護摩焚き」のために、気持ちで金額を納める仕組みになっている。わざわざ用紙に金額まで書くのはどうかと思うが。その金額で、護摩の焚かれ方違うのかと思うと嫌。
世の中全てお金だなあと思わずにいられない。

厄除け後、たまの友人との休日なので、月島にもんじゃを食べに行ったり、温泉入ったり、ビール飲んだり。
ずっと、お札を持ったまま移動したのがポイント。

今年も無事に過ごせる事を、これでも願っている。